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オーストラリア歴史

l         先住民族アボリジニから始まったオーストラリア

アボリジニ先住民アボリジニは、ニューギニアとオーストラリア大陸が地続きだった5〜6万年前に、東南アジアから渡来、生活の基盤をオーストラリア全土に置きました。 その後海面の上昇によりオーストラリア大陸が分離、そのため外との交流のない孤立した形で、長い間に渡り、狩猟・採取生活を続けていました。

l         外界との交流

15世紀に入ると、パプアやインドネシア、中国からの貿易船が上陸、アボリジニの存在やオーストラリア大陸が世界に知られる第一歩となりました。

l         ヨーロッパ人の到来

ヨーロッパ人の到来17世紀に入り、ヨーロッパ探検家が「南方大陸」の噂を聞きつけ、次々とやってきます。 初めにオーストラリア大陸を発見したのは、オランダ船のタスマン船長だったのですが、ニュージーランドを南方大陸と勘違いしてしまいます。 後の1770年に、イギリス人探検家、ジェームズ・クックがシドニー郊外のボタニー湾に上陸し、東海岸一帯を「ニューサウスウェールズ」と名づけ、イギリス領とすることを宣言。

イギリスは、1788年1月26日にこのニューサウスウェールズを囚人流刑の為の植民地とすることを決定し、総督アーサー・フィリップ率いる流刑船団が上陸しました。 数万年にわたるアボリジニの大陸占有は、白人によるオーストラリア支配によってこの時点で終わりを迎え、アボリジニは王室領不法占拠者として、奴隷にされたり、殺されたりして急速に滅亡していきました。 現在1月26日「オーストラリア・デイ」は建国記念日とされています。

l         ゴールドラッシュ&白豪主義

ゴールドラッシュ1803年にはイギリスはタスマニア島の植民地化を宣言し、流刑制も廃止され、自由移民の数も増えていきました。 この頃から、ニューサウスウェールズでは砂金、ビクトリアでは金鉱が発見され、ゴールドラッシュを迎えます。 夢を追い求め、金を掘り当てようと、世界中から大勢の移民が流れてきました。 しかし、そのゴールドラッシュの最中に、オーストラリア独立のきっかけになる、最大の反乱、「ユーリカ砦の反乱」(ビクトリア植民地の鉱夫達が重税に怒り起こした反乱)が起き、その後も金を巡るトラブル続きとなりました。 そして、大量に流れ込んできた中国人移民を退け、アジア系移住者を排除する、白人優位の白豪主義が推進されたのです。

l         多文化国家へ

第二次世界大戦外交上(太平洋圏での覇権、外敵からの脅威に対抗)の必要性などから次第に連邦結成への気運が高まり、ついに1901年、オーストラリア連邦が成立し、イギリスから独立を果たしました。 その後、首都をメルボルンからキャンベラに移転。 この後、2つの世界大戦に参入することになります。 1914年、英国がドイツに宣戦布告をし、第一次世界大戦が始まり、オーストラリアは40万人ほどの兵士を送り、6万人の命をなくしました。 第二次世界大戦では、日本による攻撃で、3万人以上の死者を出しました(下記の「オーストラリアと日本の関係」を参照)。 第二次世界大戦後には次第に「白豪主義」が弱まり、オーストラリア移民政策が少しずつ多人種に開かれていきます。 1970年代からは、移民から成る、それぞれの文化の共存を認める「多文化主義」(マルチカルチャリズム)を推進しています。

現状では、アボリジニや新移民者たちは、まだ英国系移民に比べて社会的に不利な立場にあります。 多文化国家として今以上に発展していくには、取り組むべき問題が多く残っているようです。

l         オーストラリアと日本の関係

オーストラリアと日本の関係日本では江戸時代だった、200年ほど前からのオーストラリアと日本の関係は、日本が鎖国を廃止し、開国し始めた頃から活発になりました。 オーストラリア人の宣教師や、教師などが次々と来日。 例の1人に、第一高等学校(現在の東京大学)で夏目漱石らを教えた、ジェームス・マードックがいます。

羊毛による貿易も盛んに行われ、1931年までには日本がオーストラリア羊毛の買い入れ国第2位となるまでになり、仕事でオーストラリアに移住する日本人も多くなりました。 しかし、第2次世界大戦でオーストラリアにとって、日本は敵国になってしまいます。 日本軍によってダーウィンを中心とする一帯にさまざまな攻撃を受け、オーストラリア兵も虐待を受けたり、重労働をさせられたりしました。 未だにその心の傷は残っていて、関係する人達の中には、日本や日本人に対する怒りを抱いている人も少なくありません。

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